kausatu2013.08.26

真実の光化学スモッグ　② (2013.08.26)

２．朝日新聞

７月１９日（日）の朝日新聞朝刊の一面には「オキシダント」「硫酸ミスト」の文字が大きく躍っています。（青字は新聞記事です）

東京立正高　大気汚染で新型公害

オキシダントと硫酸ミスト　都公害研が推定

数十人が中毒症状

世界初の複合汚染か

写真３

立ち入り禁止になった立正高校の校庭

十八日午後、東京都杉並区堀ノ内の東京立正高校で、生徒四十数人が、突然、はき気などを訴えて倒れ、近くの病院に運ばれた。同日午前中にも、杉並、世田谷区内で、目が痛み、はき気がするなどの被害者十数人が出た。都公害規制部と都公害研究所では”新公害”とみて原因究明に乗り出し、同日夕、光化学スモッグ公害であるオキシダント（強酸化性物質）と高温度での硫酸ミスト(硫酸の微粒子）が原因で、世界で初めての複合汚染が”犯人”と推定される、と発表した。

いままで、光化学スモッグによる公害例としては、大気汚染のひどいロサンゼルスでの多発が報告されていたが、都衛生研究所のオキシダントの測定器は同日昼すぎ、ロサンゼルスの許容値を大きく上回る０．３７ｐｐｍの瞬間値を記録しており、新事態を重視した都は「オキシダント濃度」の注意報、警報をも出さねばならない事態に迫られている。６月２８日には、千葉県公害規制課が「木更津ゼンソクの原因は光化学スモッグ」との推論を打ち出しており、気象庁などの専門家も「予測できない事態を迎えた」と、警戒態勢の再検討を指摘している。

この事件が光化学スモッグと硫酸ミストによるものであると推定したのは、都公害規制部と都公害研究所ということになっており、オキシダントの測定器があるのは都衛生研究所ということです。都公害研究所は現在では都環境科学研究所に改称されています。

朝日新聞では１９日の記事も立正高校での事件の発生時間は「午後一時ごろ」となっており、事件の経緯も１８日夕刊とほぼ同じなので省略しますが、最終的な被害者数は生徒４３人で、うち９人が入院したということです。

また、他の地域の被害状況について、次のように記述しています。

また、これより少し前の午前十一時ごろ、同校北側の風下に当たる青梅街道を歩いていた主婦、～も異常なノドの痛みと目にしみる刺激を感じ、杉並消防署に届け出ている。同校から１．５キロほど西側の同区松ノ木町一帯でも幼稚園児などが目とノドの痛みを訴え、一般住民二人も病院に運ばれた。高井戸や世田谷区烏山方面でも、同じ症状を感じたものが十八人もいたことがわかった。

生徒たちを治療した～土持医師は患者たちの症状について「ノドの粘膜を痛めた生徒が多い。気管が刺激され一時は呼吸困難になった生徒もいた。刺激性の強いガス中毒症状だ。入院した生徒は、ガスが血液と結合性の強いものでなければ、二、三日で退院できる」と診断している。

杉並署、警視庁科学検査署、都公害研、東京消防庁などで原因究明にあたっているが、付近の住民の訴えを総合すると、午前中から午後にかけて、かなり長い時間、ガス状の気流が南東から北西に帯状に流れていたらしい。

これらの記事は、被害が広範囲に及ぶものであることを裏づけていますが、「同校北側の風下に当たる青梅街道を歩いていた主婦、～も異常なノドの痛みと目にしみる刺激を感じ」とあり、また「午前中から午後にかけて、かなり長い時間、ガス状の気流が南東から北西に帯状に流れていたらしい」という記述もあり、事件発生の時間帯は風があったことも裏付けています。

警視庁科学検査署というと、現在の科捜研のような仕事をやっていたんでしょうね。「かなり長い時間、ガス状の気流が流れていたらしい」という記事と、前日夕刊の「近くの工事現場でかなりの量の新建材を燃やしていた」という記事を合わせて考えてみると、なるほど！大量の新建材を燃やし切るまでには、かなりの時間がかかっただろうなあ、と思わずにはいられません。警察関係の情報からは真実が見えてくるような気がします。

次に朝日新聞は光化学スモッグに詳しい三氏の意見を載せています。

ロサンゼルス型に移行　　伊藤　東海大学教授(気象学）の話

スモッグの日数は、ここ数年来、確実にふえており、この原因が、光化学スモッグではないか、という指摘は、以前からされていた。つまり、京浜工業地帯のスモッグは、オキシダント症例を多発しているロサンゼルス型にすでに移行して来ているわけで、オキシダント症状の発生は、十分、予想されたことだ。目がチカチカするーという症例は、その典型的なものだが、窒息症状などについては、硫酸ミストの影響を考えるしかない。

世界的にみて例がない事故　　気象庁気象研究所　桜庭　応用気象研究部長の話

もし、オキシダントが原因で、高校生が倒れるような公害事故だったとしたら、世界的にも例がない。大気汚染の状況が、東京よりひどいロサンゼルスでは、しばしば、このオキシダント症状が報告されているが、こんなひどい症例は聞いていない。ただ十八日は、温度が非常に高かったので、大気中の亜硫酸ガスが、局地的に硫酸の水滴となって、症状を悪化させたとも考えられる。オキシダントだけによる症状だとすれば、杉並の一地区だけでなく東京全域にわたって起きるはずだ。

他の原因もあるのでは　　厚生省　橋本　公害課長の話

人が倒れるほどの被害は、光化学スモッグだけによるとは考えられない。０．３７ｐｐｍのオキシダントが測定されたというが、ロサンゼルスでは０．５ｐｐｍという濃度が記録されているのに人が倒れたことはない。学童を走らせてみると普通よりかなり運動能力が鈍るーという程度のことのようだ。また被害がでたのがかなり局地的だが、常識的に考え光化学スモッグならもっと広範囲に広がると考えられる。頭痛、吐き気等もしたというから、他に原因があるのではないかと考えられる。

東海大学教授の伊藤氏は、「京浜工業地帯のスモッグはロサンゼルス型にすでに移行して来ているとし、窒息症状などについては硫酸ミストの影響を考えるしかない」と言い、最も光化学スモッグに肯定的。

気象庁気象研究所の桜庭氏は、「オキシダントが原因で人が倒れるような事故は世界的にも例がない」とし、「ロサンゼルスでもこんなひどい症例は聞いていない」という。そして、「大気中の亜硫酸ガスが局地的に硫酸の水滴となって、症状を悪化させたとも考えられる」というように酷い症例は硫酸ミストが原因ではないかという点は伊藤氏と同じ。

厚生省　橋本氏は「人が倒れるほどの被害は光化学スモッグだけによるとは考えられない。被害が局地的だが、光化学スモッグならもっと広範囲に広がると考えられる。他に原因があるのではないか」という最も慎重な意見。しかし、他の原因については、氏の頭の中には「硫酸ミスト」があったはずです。

三氏の意見を総合すると、光化学スモッグではありえないような酷い症状があったとしても、その原因は硫酸ミストしか考えられないのだから、それで納得するしかない、というように行政の発表を肯定する結果になっています。

まったくもって、困ったときの「硫酸ミスト」頼みではあります。当時も、そして現在でも、それしか選択肢はないわけですから、わたしのような素人がいくら異をとなえても、受け入れてはもらえないでしょうね。

この年、新聞各紙は自動車の排気ガス公害を大々的に取り上げており、「風があった」「臭いはない」「人が倒れた」というような光化学スモッグでは考えられないような事実があったとしても、光化学スモッグ原因説に傾いていくのは仕方のないことなのかなと思います。１８日夕刊を読んで感じた疑問はそのままです。

さらに、記事は続きます。

新宿で０．３７ｐｐｍ記録

この事件の原因について、都公害規制部と都公害研究所は「自動車排ガス中の炭化水素、窒素酸化物が、夏の強い紫外線によって光化学スモッグーオキシダントとなり、また高い温度のなかで大気中の亜硫酸ガスが酸化されて硫酸ミストを発生したことが原因と推定される」と発表した。

この新公害は紫外線の強い郊外地でおきやすく、東京は都心が鉛や一酸化炭素の高度汚染、公害は光化学スモッグに悩まされていることが明らかになったわけで、夏に発生する光化学スモッグと硫酸ミストの複合汚染の危険性は公害関係者の間で数年前から問題になっていた。

しかし、厚生省はその対策に全く手をつけていず、東京都の対策も後手に回っていた。

東京都が新宿区百人町の都立衛生研究所に設置しているオキシダント測定器（総酸化物測定器）は、同日零時五十七分、０．３７ｐｐｍとこれまでの最高を記録した。

この日、同衛研でのオキシダントの一時間平均値は、午前九時に０．１１ｐｐｍと、目に刺激を与える濃度近くになったあと急上昇した。同十一時には０．３４ｐｐｍと、都公害研が四十一年から測定を開始して以来の最高を記録、正午０．３１ｐｐｍ、午後一時も０．３２ｐｐｍと高濃度で、午後二時にやっと０．１３ｐｐｍに下がった。

都公害研は「オキシダントは普通、広範囲に起きるので、都衛研から７．３キロ離れている立正校もオキシダントの影響を受けていたはずだし、また、杉並区一帯に硫酸ミストが発生したことは十分考えられる」といっている。

この硫酸ミストは四日市公害などの元凶となっているもので、ノドを刺激する。同公害研は杉並の事件はノドと目の痛みを訴えている点から、「光化学スモッグと硫酸ミストの複合汚染によるものと推定される」という。

このオキシダントと硫酸ミストの複合汚染対策として都は、四十一年から都衛研にオキシダント測定器を設置し常時観測してきた。しかし、このアメリカ製の測定器はわが国で一台しかなく、車の通行量が多くて紫外線が強い郊外地では各地に当然起きていると推定されるのに、調べようがない。このため、都は測定器の国産化を検討して普及させる一方、光化学スモッグの注意報と警報の発令を検討している。

「この新公害は紫外線の強い郊外地でおきやすく」というくだりは理解できませんね。紫外線は都心でも郊外でも等しく降りそそいでいるはずです。たしかに、空気のきれいな郊外なら、地面に到達する紫外線の量は多いかもしれませんが、オキシダントは大気中の排気ガスに紫外線が作用して発生するわけですから、大気の汚染された地域の方が光化学スモッグは発生しやすいはずです。

千葉県木更津に次いで杉並区で同じような事件が発生してしまったので、行政は意味不明な理由づけをしてしまったようです。この事件が郊外で発生したのには理由があるわけですが、それは後程あきらかになるでしょう。

「厚生省も東京都も対策が後手に回っていた」とありますが、行政は予算がなければ対策を打てないわけで、後手に回るのは当然のことです。むしろ、行政は職員をロサンゼルスに派遣して情報を集めるなど、先手を打とうと積極的に準備をしていたいえるでしょう。

そして、おそらく、この事件がきっかけで予算がつくことになったはずです。このあと、満を持して、怒涛の光化学スモッグ対策が始まることになります。

オキシダント測定器のある都立衛生研究所は新宿区百人町にあったんですね。現在、都立衛生研究所は立川市にあるようです。

それで、新宿区で０．３７ｐｐｍのオキシダントが発生した。光化学スモッグは広範囲に発生するものだから、立正高校のある杉並区でもオキシダントは発生しただろう、というわけです。

一面最後の記事はオキシダント測定値のグラフつきです。発生したオキシダントがいかに高濃度であったかを言いたいのでしょう。しかし、「ロサンゼルスでは０．５ｐｐｍという濃度が記録されているのに人が倒れたことはない」ということです。

写真４

警告はされていた

≪解説≫東京で騒ぎを起こした光化学スモッグは、真夏の大気汚染として、自動車過密の都会で問題になりつつある。七〇年代の大気汚染で最大の難物といわれるこの光化学スモッグが最初に問題になったのは、米国ロサンゼルス。カンカン照りの真夏、風ひとつないとき、突然住民が、目から涙をボロボロ流したり、目がショボショボし、クシャミをしたりする。人間ばかりか植物も葉が白くなって枯れる。ゴムなども老化する。

日本では、六月二十八日午後、京葉工業地帯の木更津市で学童ら約六千人がノドを痛め、光化学スモッグのせいではないかと疑われているが、気を失って倒れるなどという騒ぎは、こんどが初めて。

硫酸ミストは、微粒子の硫酸が空気中に漂っている状態で、工場などの煙突から出された亜硫酸ガスが大気中で酸化されて硫酸になったと考えられる。最終的な原因究明は、現場での大気組成のデータがないため追求が困難だが、付近一帯から硫酸ミストの残りが見つかるか、ほかの公害原因が立証されない限り、オキシダントによる可能性が依然として強く残るだろうという。

ロサンゼルスでは「カンカン照りの真夏、風ひとつないとき、突然住民が、目から涙をボロボロ流したり、目がショボショボし、クシャミをしたりする」わけですね。風ひとつないときです。

６月２８日の木更津市で学童ら約六千人がノドを痛めたという事件についても後程調べてみたいと思います。

ここまでの記事をまとめてみると、行政もオキシダントと硫酸ミストが原因であると推定しており、光化学スモッグに詳しい三人の識者の意見も、人が倒れるような重症の被害はオキシダントでは考えられず、硫酸ミストの影響ではないかというわけで、意見はほとんど一致しており、これに異論をはさむような記事は見当たりません。もし硫酸ミストが発生したのであれば、「付近一帯から硫酸ミストの残りが見つかる」はずであり、この一点に注目していきたいと思います。

見落としていましたが、一面の隅にニュース抄録と題されたコラムがあり、そこにはドキュメンタリー風の文体で次ような記事があります。

奇怪な新公害、いつあなたに

オキシダントと硫酸ミスト。これまで聞いたこともない奇怪な都市公害が、東京にあらわれた。きょうも、街かどをふいに襲うかもしれない。肉眼では見えない。だから、防ぐ手だてもないままに。
ソフトボール練習の女高生たちが突然、グランドに倒れた。都心にはめずらしく緑の濃い東京立正高校で、救急車が走った。四十数人が、病院の手当てを受けた。急に目が痛くなり、ノドがやられたという。だが、警察や消防署が調べまわっても、有毒ガスの発生源らしいものがなかった。

「有毒ガスの発生源らしいものがなかった」とはどうしたことでしょうか。前日の夕刊に、杉並署の調べで「近くの工事現場でかなりの量の新建材を燃やしていたことがわかり、それから有毒ガスがでたのではないか」という記事を載せたばかりです。

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